未来の知能研究プロジェクト P-OTTO Project

2020-

現代の生活で求められる知的機能(ここでは認知、言語、運動、社会的能力の総称とする)は、ICTの登場により昔と大きく変化している。しかし、社会の知的障害に対するイメージは昔のままであり、彼らに不要な努力を求め続けている。知的障害があっても彼らを理解する人との出会いや環境によってその能力は開花する。P-OTTO Project(Our talent should be turn over)では、従来の知能検査によらず、子どもの能力を見立て、それをプロデュースする手段と場とは何かを研究する。

 

 

公開動画  
▶ 鼎談(中邑賢龍×長谷川正人×青木高光)[1:35:46]

 


●なぜPOTTOが必要か?
現代の生活で求められる知的機能(ここでは認知、言語、運動、社会的能力の総称とする)は、ICTの登場により昔と大きく変化している。しかし、社会の知的障害に対するイメージは昔のままであり、彼らに不要な努力を求め続けている。

 

・能力主義の社会:
江戸時代は視覚障害者のために鍼灸・按摩などの仕事が専業として認められ、個々の特性に応じてそれを活かして働く社会があったと言われている(花田,1987)。明治維新以降は、能力主義、競争主義となりそれらの職種も一般に解放され、頑張って地位を築きあげるために誰もが努力する時代に移っていった。その結果、地位を得た人は努力した人であり、そうでなかった人は努力を怠ったとされる社会になってきたと言える。
残念ながら、AIやロボット社会になっても社会では頑張って勝ち抜くことが評価される。知的障害や発達障害の人も社会が標準的だと考える子ども(オールマイティで明るく仲良くできて元気の良い子ども)に近づくように努力が求められている。記憶が苦手でもクラウドにある情報をスマホで引き出せたらいいという考え方は通用しない。努力して受験や就職競争を勝ち抜いた子どもが会社に就職できる。組織においては、オールマイティで社会性もある人材が集まれば効率よく仕事が進むことは想像できる。学力や協調的性格偏重の評価はこれからもしばらく続くと考えられる。しかし、その競争のラインから離れた人たちの中にも優れたユニークな才能を有する人が数多く存在する。また、AIやロボットなどを活用すれば能力をエンハンスすることも可能である。これまでの競争社会が理想としてきた人間の能力観が妥当なのであろうか?
*花田春兆 1987 日本の障害者の歴史 リハビリテーション研究 第54号, P2-8.

 

・取り残される能力バランスの悪い子どもたち
高校や大学受験、あるいは、資格試験では、読み書き計算が出来て記憶力があり、素早く課題を処理することが求められる。そのため読み書き計算が苦手なためにテストの成績が上がらず、自信を失い、学校での勉強に意欲を低下させている子どもも多い。知的機能に凸凹のある子ども達は、授業について全く理解してないわけではないが成績が上がらないことが多い。進学校でない高校の中には、学力が小学生レベルという生徒もおり、高校教師も教え方に苦悩しているのが実情である。学業不振が原因で不登校や引きこもり、中には非行に走る子もいる。今の社会においてはバランスよく、どの領域でも標準以上の能力を有する人が求められており、彼らはバランスが悪く使いにくいと就職においては敬遠されることが多い。しかし、能力をプロデュースする人がいれば彼らの可能性は大きく広がるはずである。
彼らはオールマイティでないだけで、何もかもが出来ないわけでない。得意とするチャンネルが偏っているだけである。時にはオールマイティな人よりも突出した能力を示すこともある。バランスが悪いというだけで発達障害の診断を受ける子の多くは、社会が求める学力や社会性という軸で低く評価されてします。彼らの中には知的障害と判定される子どももいる。こうやって学力や社会性の軸の上で低く評価された子どもの多くは治療教育を求められる。生まれたときから本人の努力と無関係に、遺伝子的に認知や性格特性は決まり、親の収入や家庭環境も子どもが選べるものではない。そもそもその特性が変えられるのであろうか?一部の子ども達は早期から実施される厳しい治療教育のプロセスで不適応を起こし精神障害を有する者もいる。

 

・福祉から抜け出せない知的障害者
現在の日本社会においては、知的障害者の就労や生活においては、多くの場合、福祉サービスを受けることが前提である。その背景には「知的障害=頭が悪い」と言うステレオタイプ的な見方がある。多くの人は知能検査によって測定される知能指数IQの数値が人の知的能力であると信じている。しかし、同じIQであっても全く違うプロフィールを示すことは日常である。知能検査は設定された条件の中で研究者が設定した能力を測定しているだけで、全ての領域にわたって高得点をとる人が総合IQは高くなる傾向がある。幼児期から積み木やパズルなど様々な受験課題に取り組んでいる子どもにも有利である。残念ながらその範囲以外で優れた能力を発揮してもそれはIQには反映されない。
「知的障害=頭が悪い」と言ったステレオタイプ的な見方が社会にはあるが、知的障害特別支援学校に通う子どもの実態は世の中の人が一般的に抱く知的障害のイメージとは程遠い。知的障害と診断される人には驚くほど幅があり、言語発達が遅れて会話が成立しない重度知的障害から、日常生活での会話には不自由しない軽度の人まで同じ「知的障害」という言葉で括られる。
軽度の知的障害の子は、スマホを使いこなし、漢字交じりのメッセージで情報交換し、最新のサービスを使いこなし、他の高校生と変わることなく生活している。彼らは、知的障害と判定された時点で福祉就労を勧められる。ICTツールを使用すれば、進学や一般就労・起業が出来る子どもも相当数含まれると考えられるが、残念ながらそういった視点での教育は行われていない。彼らの潜在的能力は今の教育システムの中では十分活用されていない。
重度知的障害の子どもは、自立活動中心の授業の中で、身体運動を中心とした発達を促す授業が中心であり、子どもの意思を正しく読み取るためのコミュニケーション支援は盛んとは言えない。むしろ、教師の指示に従うような訓練がまだまだ行われている。学校の中には教師の指示理解を助ける視覚支援などモダリティを考える視点も広がってはいるが、子どもが得意とするコミュニケーションチャンネルの見立てや子どもの発信を引き出すためのAAC(拡大代替コミュニケーション)技法はほとんど導入されていない。愛情と熱意で子どもの意思を読み取ろうとする教師が大半である。結果として、重度知的障害に対するアプローチは保護的であり彼らの意思の汲み取りが十分でないまま家族や支援者ペースで会話が進む。本来は彼らの残存機能に基づくコミュニケーション手段を家族や支援者が持てばいいのだが、当事者が理解できない言葉での会話が進む。特別支援教育もその考えから残念ながら抜け出せておらず重度知的障害の人の生き方は広っていない。

 

・能力の未活用が生み出す社会的損失:
知的機能に遅れのある、あるいは、バランスの悪い子どもたちに対する見方、就労支援は旧態然としている。特別支援学校は就職率の高さを競っているが、離職率も高い。集団に自分の特性を抑えて馴染むことのストレスの高さがその一因となっている可能性がある。子どもの中には就職したことで深く傷つく者もいる。
障害者差別解消法の中で明記された合理的配慮の提供は一部の障害者の進学や就労の大きな支えになったことは言うまでもない。しかし、彼らにはもう一歩踏み込んだ支援が必要である。社会にある不合理な障壁が彼らに不必要な努力を強いている場面も多い。例えば、運転免許試験を例に取れば、試験問題の漢字や二重否定などに引っかかり苦労する人の中にも、実際の運転中に尋ねれば正しく理解できていることが分かる人も多い。読み上げや試験時間の延長といった配慮では十分理解が出来ない人もいる。読み書きが運転知識の本質ではないにも関わらず、誰もそこに踏み込んでいない。本人への配慮提供だけでなく、課題を出す側へ課題の修正変更を求めていくことも必要であり、そのためのテクニカル・スタンダードの確立が望まれる。
本来、部分的ではあるが能力を発揮できる人を、過小評価することによる社会的損失も大きい。オールマイティを目指すだけでなく、彼らの特性を見抜き、一部の才能を早い時期から伸ばすと同時に、社会の制度やシステム、人々の意識を変えることによって、新しい未来型教育や福祉が生まれてくる。


●P-OTTOでなすべきこと 知的障害者の学び・働き実践研究フィールド
東大先端研では、2007年よりDO-IT、2014年よりROCKET、2016年よりFORESTというプロジェクトを立ち上げ、それぞれ身体障害児、ユニークな不登校児、重度重複障害児を対象に彼らの学びや生活を支援する技術を社会実装し、制度の変革に影響を与えてきた実績がある。
そこで東京大学先端研の中に、知的機能に困難のある人の学び・働き・暮らしに関する社会活動型実証研究フィールドProject OTTO (P-OTTO:ポット)をゆたかカレッジと共同で開設できればと考えている。ここで以下の4つのテーマを中心に当事者参加の実証研究や調査研究を行いながら、全国各地で研修・啓蒙事業を展開し、政策提言に結びつけていく。

 

(1) 見立てる:IQや診断名による知的障害分類の問題点は、その先に個別の支援をどうすればいいか具体的な方向が示されないことにある。ここでは、個人の注意・記憶・認知・象徴・言語機能や性格特性から能力を見立て、どのようにコミュニケーションや学習支援などを行っていけばいいか具体的な方向性を示すことの出来るモデルを理論的に研究すると同時に、実証研究も実施し、知的障害を再定義する。*文部科学省科学研究費とのジョイント
(2)コミュニケーションする:意思表出が難しい子どものためのコミュニケーションは親や支援者の主観に左右されやすく当事者の意思を正しく読み取ることに悩んでいる人も多い。親向けに子どもと一緒になったコミュニケーションの取り方のワークショップ、支援者向けのセミナーを全国で開催する。同時にオンライン上のコンテンツを作成、配信し、特別支援学校や施設職員の研修にも結びつける。
(3) 活かす:重度知的障害を有する人の中にも、多くの人にできない作業をコツコツと続け成果物を生み出す人がいる。彼らについても専門家のプロデュースを受けることでさらなる能力の開花が期待できる。ここでは同時にソーシャル・ファーム的なビジネスを想定した働き方の検討も行う。
(4)変える:読み書き計算が苦手などの理由で免許試験や資格試験を受けることに高いハードルを感じている。コミュニケーションが苦手で集団の中でどうしていいか分からない。そんな悩みを抱えた若者に対し、彼らの能力をスマホなどのICTで増強し、また、社会に合理的配慮を求めて、未来の学び方、生き方、働き方を一緒に変えていく。同時に、そこで得た知見をもとに動画やICT機器を活用した免許試験のモディフィケーションのプロトタイプを開発する。

©︎2019 Nakamura Laboratory